なんとなくワーホリさん、就労ビザを取りまして

2017年4月YMS開始、12月英企業に就職、19年2月ビザ取得。

おいしいごはんのために

こないだのような冗長な駄文をscreedといいます。
似たようなことばにharangueなんてのもあります。
どっちも全然知らなくていいです。え


仕事ではsuccinct、compendiousであることを常に求められるので、とりとめもなく筆のすさぶままに書くのは心の慰みになります。
ちなみにsuccinctは知ってたらよいです、多分。


今度のscreedはごはんについて書くことにした。


食べることが大好きです。
ソクラテスに怒られるけれど、食べるために生きてます。

作るのも好きですし、食べてもらうのも好き。
料理に何が入ってるかguessするのも好きだし、きれいな盛り付けを見るとうっとりする。

器やカトラリーも好きだし、調理器具にもときめく。
食べることの周りにあることは大体全部心が躍る。

特技はおいしそうに食べることだし、おいしそうに食べる人も好き。
きっと作ってもおいしそうに食べてくれるだろうな、作り甲斐あるだろうなって思ってなんか嬉しい。

逆に好き嫌いの多い人や食に興味ない人には興味ない。姉がそういう人で困ってるけど、僕が作ったものは割となんでもおいしいと言って食べてはくれる。でもおいしそうに食べない。


美味しいレストランを見つけるのが趣味で、お料理待ってる間のどきどきったらもはや恋 笑

写真がないから、description から自分のアーカイブを頼りに味を想像する。盛り付けにいたっては想像がつかない。

おいしくなければ凹むし、おいしいレストランに出会えたらそれはもう天にも昇る心持ち。




こちらのレストランは味が想像の範囲に収まりません。いい意味でも悪い意味でも。

笑いが止まらないくらいおいしいものから、え、これ本当においしいと思ってんの?みたいなものまで。



見極めポイントは結構あります。


広いテラス、広い店内、多い席数はアウト。
それだけのお客をさばけるのはそれだけ料理がマニュアル化されているから。

おいしいところはシェフがこだわりをもって一皿一皿仕上げるので、席数が少ない。


休みがない、は限りなくアウト。

シェフの代わりがきかないというのは、シェフの腕が本物の証。人間なので週1は休むし、夕方も店をしめる。

大きい店で休みなく開いているのは、それだけ料理が陳腐化されているから。

本当においしいところは、意外にも書き入れ時の日曜に店を閉める。日曜は家族と過ごす日。自信と余裕の表れでもある。



おいしいところは絶対に客引きしない。

声をかけてくるなんてのはもってのほかだけど、入り口にスタッフが立って微笑みかけてくる時点でもうアウト。たとえそれが午前11時半くらいの忙しくない時間であっても。

こういうところはまわりに同じようなレベルのレストランが集まっていてお客を取り合っていたりする。


さらに写真つきのメニューや看板が出ていがちだけど、これもNG。
日本語や中国語のメニューがあるのは問題外。

一見の観光客を相手に商売するところにロクなところはない。

こういうお店は観光客の動線上にあるわけだけど、観光客がひっきりなしに来るので評判なんて関係なく、味で勝負する必要がない。
人件費を削り客の回転をあげるほどに儲かるので、そういう商売になりさがってしまう。


同じ理由で、目抜き通りや広場などのいい場所に陣取っているレストランもNG。

一等地なのでオーナーが別にいたりするわけだけど、おいしくなくたって客は入るので腕のいいシェフを雇う動機がない。大きな不動産投資を回収するために、回転をあげることが大事になってしまい、料理もサービスも質が落ちてしまう。
というか、そもそも味が分かる客なんか来やしない。


地元客相手にやっているところほど、目立たないけれど真摯にシェフの腕で勝負している。
腕のいいシェフが自分の店を持った場合など、路地裏に少ない席数でひっそりと、こだわりぬいたランチとディナーをやっている。

狭い路地にあるので表にテラスはないか、あっても申し訳程度。
貼り出してあるメニューは現地語だけだったりする。


Steak & Lobster みたいな露骨な店名も限りなくアウト。

自分のレストラン持っておいしい料理を出すのが夢だったらこういう名前にしない。子どもに名前をつけるようにこだわりぬいた名前をつける。露骨な名前からは安易に儲けようという意図しか感じられない。


こういう店に限ってこれ見よがしにグリルが表に出ていたりして、豚の丸焼きがぐるぐる回って香ばしさを撒き散らしている。
残念なお店の定番。


メニューがやたら多いのもNG。

こちらのおいしいレストランのメニューは実にシンプル。精鋭だけで勝負しているのと、規模の小さい商売なのでなんでもかんでも揃えられないという両方の理由がある。

全部おまかせでメニューがないお店もある。



高級ホテルのレストランを気取っているようなところもたいてい料理は大したことない。

真っ白なテーブルクロス、impeccableなテーブルセッティング、ホテルのコンシェルジュのような隙のないウェイター。これ危険信号。

こういうお店のホールはなぜか蝶ネクタイして、髪を撫で付けた中年のおじさんばかりだったりする。

こういうウェイターほど安く雇われていて、チップとかで嫌な思いをする。

逆においしいお店ほど制服がちょっとラフ。全体的に若くきびきびしていてプライドが感じられる。
そして、できる女性がホールにいる。支配人が女性だとなおいい。女性の活躍はなぜかかなりおいしさと相関がある。



こういうの、心当たりありません?

観光地のそばのいいところにあってずっと開いてる、みんな吸い寄せられる明るいテラス、にこやかに声をかけてくるスタッフ、まぶしいテーブルセッティング、想像しやすい店名、視覚に訴えるメニュー看板、豊富なメニューの種類、空腹を直撃する豚の丸焼き。

とにかく「ここで食べてきなよ」と五感に訴え着席を促してくる。観光の疲労と空腹で思考力を失った人々は促されるままに座ってしまう。


気をつけて!これは罠!


おいしい店ほど主張しないの。
「うちで食べてきなよ」感ゼロ。

値段は違わないのに味もサービスも全然違うよ?
一本路地外れただけでびっくりするほどおいしいとこあるよ?

ちょっと冒険してみよう!




そもそもおいしいお店を地元の人に聞けばいいんじゃない?
というのもあまりおすすめしません。

僕は絶対に聞かない。

それは自分で探すのが好きだから、そして人から薦められるのが好きではないから、というのもあるけれど、本質的に地元人がいう「おいしい」もあてにならないから。


いや、聞いていい人は確かにいるんだけど、それは観光案内所やホテルの人や友達ではない。

自分が求めるレベルの「おいしい」が返ってくる試しがない。よっぽどグルメか裕福でもないと、地元の隠れた名店のことなんかほとんど知らない。

観光案内所だったら「観光客に人気」のレストランが機械的に返ってくるだけだし、ホテルにいたっては親しい近所のお店を紹介されたりする。

下手すると、そこの大戸屋おいしいよ、みたいなことになりかねない。質問と回答がちぐはぐで、ああ聞かなきゃよかった、ってなる。


どうしても聞くなら、街一番のホテルのコンシェルジュ。
彼らは知ってる。味覚もいいし、センスもある。

堂々としていれば別に泊まってなくたって大丈夫。


これはちょっとハードル高いけれど、本当においしいレストランにあたったら、その店で聞く。同業のことはよく分かってる。

その店と違うジャンルだったら聞き出しやすい。

あとはそのお店で食べてる地元のお客さんと話せる機会があれば、聞いてみる。いいお店にランチに来てるエリートビジネスマンはよく知ってる。



これだけレストラン巡りに情熱を注いでいるのは、ちょっとした考えもあってのこと。

7年くらい前にこちらへ来て個人経営のレストランが主流なのに驚きました。
日本の外食産業はチェーンに押されてなんとも情けない現状であることを考えると、食に対する考え方の違いを思わずにはおられません。

レストランでの食事は、味、香り、盛り付けの美しさだけでなく雰囲気や食器、サービス、さらには選ぶプロセスなんかも含め、五感を尽くしたtotal experienceです。
消費者側にも高いリテラシーが求められる、一種の知的営為なんですね。

いいレストランはいいお客さんに育てられていきます。日本では5,000円くらいでカジュアルに、本物を食べさせてくれる中間層のお店が抜け落ちて、高級店かチェーンかに分極しつつある気がします。

僕がこちらで行くような中間層向けのレストランは、きっと日本ではやっていけないのでしょうね。裕福でないと本物に触れられないとしたらそれは嘆かわしい、、

それだけ日本の中産階級の分極、食リテラシーの衰退が進んでいることの裏返しなのかも。1億総中流なんて遠い昔の話、隔世の感があります。日本の味覚、大丈夫かな。

僕は中の中を生きていくと思いますけど、自分の子どもがいたら、どこかでちゃんと本物に出会わせてあげたい。こちらではホリデーのときの家族での外食がそういう機会を提供していると思う。味覚は本物に触れないと育たないし、それが食育という親の務めだとも勝手に信じてます。

自分がいろいろ運良くおいしいものに出会って、食べる喜びを得て、食を通した暮らしの豊かさを知ったので、同じことができるような下地は作ってあげたい。そのうえでベジタリアンになろうとヴィーガンになろうと構わない。

食べないわけにいかないんだから、少しでもそこに喜びを見出せたらいいな、と。


人生で忘れられない一皿というのが、いくつかあります。思い出すだけでしばらくにやにやしていられます。
それが食べ物であろうとなかろうと、そういう記憶がたくさんあるのはとても幸運な人生で、そんな宝物みたいな記憶を、食を通しても手に入れられる。

だから食にも貪欲でありたい。



誰の参考になるのかよく分かんないけど、誰かの実り多きレストランクエストと豊かな食ライフのささやかな助けになることを願って擱筆とします。


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週末ゆる旅 コペンハーゲン編

そして北欧。

水の都です。


水郷という言葉が似合う。


水の都に共通するのは、柵のない水との距離感。


人は水辺に座りたくなるのはなぜでしょう。




ロイヤルコペンハーゲン

Porcelainにはちょっとこだわりがあるので、ここではお預け。


レゴもデンマークでした。




有名人は大変。




ごはん

デンマークといえばデニッシュ。

美食の街なので気合入ります。
あ、いつもか。

サーモンのお造り、ラディッシュ、アーモンド

カレイのフィレ、マッシュルーム
左下は黒ニンニクのソース

ポークソテー

エルダーフラワーのアイスとムース、白イチゴ

盛り付けが本当にきれいで、毀すのがもったいない感じ。学びがある。



予約取れない人気店。

豆とホウレンソウのスープ
スモークエビのパフのせ

タラとターメリックのマーブル風
黄色いのはタピオカ

ポーク、ブラックカラントのソース
チコリー

このポーク異次元の美味しさだった!ふんだんな花ハーブの下に、ブラックカラントのソースがこれまたふんだんにかかっていて、3cm厚はある惜しみないお肉が信じられないくらい柔らかくて。
美味しすぎて飲み込みたくない、美味しすぎて笑いが止まらない一皿でした。

チーズ、梨のコンポート、ナッツ、クランブル
こういう甘いとしょっぱいの組み合わせ好き。

イチゴのシャーベット、焼きイチゴ入り
レモンムース



デンマーク名物スモーブロー
カレイフィレ、チキン、トマト&アボカド




ロブスターと魚介のスープ

タラのフィレ、langoustineのビスク


大変満足な食い倒れの旅でした。



思い出

デザインの秀逸な北欧雑貨はお店を見ているだけで至福。特にテーブルウェアとキッチン用品。

ただ、キッチン周りは実用性審査があるので、かわいいだけではお持ち帰りにはなりませぬ。


ミル

ガラスのセクシーなミルを数ヶ月前に割ってしまい、探していたところ。
チタン刃なので高かったけれど、きっと僕より長生きするからいいでしょう。形見にします。



アナログタイマーベル

電池要らず。シリコン、裏はステンレス。料理中の汚れた手でも気にせず使える。ベルなので電子音嫌いにも○



そうそう、スウェーデンのマルメにも遠足したんでした。

スウェーデン雑貨のアイスキューブ

製氷機がないので、なんとなく探してました。



スレートプレート

クリスチャニアにて。




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僕が英語について思うことをだらだらと

書きます。長いです。

僕の客観的な英語力はすでに晒し済みですが、IELTS Academic UKVI 8.0です。

当時大変忙しく、前日に過去問を見たものの全然準備せず受けたので、ある意味嘘偽りない実力でしょう。

嘘偽りない、というのはテストというものはきちんと対策しておけばもっと取れるよね、くらいの意味です。

傾向を把握して教本なんかで対策すれば点数が伸びないはずがないんです。
じゃあ対策して8.5目指すかといえば、それもないです。定規で測れる力には限界があって、今その外側で勝負していて、通用しているので。


ちなみに解きながらReadingとListening は満点だろうと奢っていましたが取れていませんでした。多分前日のクリスマスパーティで寝ていないからです。

ただ英語を実際に使うのは万全の体調のときだけではないですから、これはこれで実力のうちと考えます。あまりコンディションがよくないときでも、コンスタントに発揮できる力としては8.0なんだろうと思います。



僕は留学経験も英会話レッスン経験もないし、英語専攻でもなんでもありません。
家族親戚で喋れる人もいません。

学校のお勉強と旅を通じての実地訓練がすべてです。
18歳で旅に出るまで、外国人と喋ったこともありませんでした。



そもそも実は英語喋れるようになりたい、という動機をもったことは一度もないです。

通じなくて悔しい思いをしたから、とか、友人がペラペラでかっこよかったから、とかそういうありがちな動機で英語に取り組んだわけではありません。


いろんな言葉をかじっていて、言語そのものには大変な関心があるのですが、喋ることには興味がないんです。

僕の最大のモチベーションは、文学を原著で読むことです。

なので死んだ言語にも大変関心があり、ラテン語には英語よりもはるかに多くの時間を割いています。

もちろんラテン語の知識は英語その他のヨーロッパの言語の習得を結果的に指数的に加速してくれたのは言うまでもありません。

ただ語学は山ほどある興味のひとつなので、語学ばかりやっているかといえばそうでもありません。


美術、音楽、歴史、植物など興味はあちこちに向かっています。ここは深入りしませんが、一日中語れるほど好きなことが山ほどあります。


詩や短歌などことばを使った芸術にも昔から強く惹かれていて、その情熱が外国文学も原著で味わいたい、という動機につながりました。

その言語にしかない概念、訳せない言葉というのが必ずあって、その訳せない単語の後ろ側にある文化的背景や民族的な共通意識みたいなものを少しでも感じ取りたいのです。

ドイツ語にgemütlichという言葉があります。
ドイツ人にしか分からないと言われます。

日本語の侘び寂びはどうでしょう。
日本人にしか分からないでしょう。

こもれび、という言葉は日本語にしかないそうです。
とても暖かみがある優しい言葉です。そして何より日本人であれば共通の光景が思い浮かぶ、描写力のある言葉です。

僕はバイリンガルには憧れません。

日本語は大変美しい言葉です。日本語だけにどっぷり浸かったおかげで、その美しさをきちんと美しいと思えることを嬉しく思います。

短歌を味わい、そして自分でも詠むことができることが幸せです。


そしてこの感性はどんな言語にも敷衍できます。

gemütlichを心の底から理解できる日はきっと来ません。でもそれが日本人にとっての、侘び寂びのような、その文化のコンテクストで生まれ育った者にしか分からない、ドイツ人にとっての大切な、心が暖かくなるような言葉なんだ、ということは分かります。

文化と言語はどうしても切れません。
ひとつ芯になる、拠り所となる言語=文化体系を自分のなかに持っておくことで、他の言語や文化の理解や洞察がより深まります。

だからバイリンガルには憧れないし、英語の幼児教育も要らない。まずは侘び寂びが分かる日本人になりたいし、なってほしい。


イギリスの英語で最も美しいことばはmeadowである、というイギリス人文筆家のエッセーを読んだことがあります。これは大変含蓄の深い一文ですが、お分かりになりますか。

僕はこの一文を理解するために英語を勉強してきたようなものです。

これが分からないならまだまだ英語もイギリスへの理解も足りていないかも。頑張ってください。


meadowというのは純粋にアングロサクソン系の言葉です。つまりラテン語やギリシャ語由来ではないということ。

どういうことでしょう。日本語にも和語(大和言葉)と漢語があるように英語にはアングロサクソン系とラテン系があります。

漢語は形式張っていて硬質な響きがある一方、大和言葉は人の血が通ったような温もりがあるように、アングロサクソン語は民族の記憶を宿した古く暖かいことばなのです。

そしてmeadowと聞いたときイングランド人はある一つの風景を思い浮かべます。それはひとたびロンドンを飛び出せば延々と続くイングランドの原風景。低い生け垣に縁取られたパッチワークの、ゆるやかに起伏する丘がどこまでも続き、羊たちがのどかに草を食む穏やかな景色。

イギリス人は人生のどこかでcountrysideに移り住みたいという願望を誰もが持っています。田舎の蜂蜜色の石造りの古い家に住み、土いじりをして、天気のいい午後には庭でアフタヌーンティーに耽る、そんな生活が共通の理想として心の底にあり、meadowとはそんな理想をありありと喚起する力強いイメージなのです。彼らは理想のなかで、Barbour のワックスジャケットにHunterの長靴をまとって、ハンチングをかぶってmeadowを気ままに犬(大型犬)の散歩をしているわけです。

ことばは単なる情報伝達のための記号ではありません。

ある一見他愛ない単語ひとつが民族の記憶と物語を運ぶのです。

これが僕にとって言語を学ぶ醍醐味です。




そもそも我が家では無理な願いだったのですが、英会話教室とか留学に行かせて欲しかったかといえば、全く思いません。

英語だって所詮ことばですから、誰でも身につきます。

日本語力があればどんな外国語でもそれなりのレベルになります。

ただし外国語が母国語より上手くなることは絶対にありません。

日本語が下手なら、いくら英語に労力を注ぎ込んだところで、その下手な日本語の下手さ加減を上限に、それ以上上達することはありません。

肝心なのは国語力。

日本語で人を説得したり、感動させたりできない人は、英語でそれができるようになることはありません。

それでも、日本語できちんと注文ができて、道が聞けて、チケットが買える人なら、英語で同じことはできるようになるでしょう。
ただ仕事で使えるレベルには届かないでしょう。

英語でつまづいたらそれは実は国語力の問題かもしれない。


運動に運動神経があるように、語学にもセンスがあって、残念ながら本当にセンスのない人もいるようです。

でも語学なんて数ある才能の一つに過ぎませんから、別に悔しがることはありません。他の才能を伸ばすだけです。

誰もが文豪や詩人になれるわけではないですし、そんな世の中では困ります。

日本は英語が礼賛されすぎているようで、ちょっとできる人のプライドも、できない人のコンプレックスも過大な気がいたします。


イギリスでは英語ができる=口がきけるに過ぎませんから、とても自慢できるスキルではないんですけどね。
語学力は結局他のスキルと組み合わせてしか力を発揮しません。

僕が今の会社で働けているのは、英語ができるから、ではなくて、他に貢献できる能力+口がきけるからです。


ところで仕事で求められる英語力ってなんでしょう。

不自由なく旅行ができて、楽しく会話ができるところまでは誰でも例外なく到達すると思います。

仕事はその先にあります。

まず思い浮かぶのは、複雑なことを言われて直ちに理解する力、そして複雑なことを分かりやすく伝える力。

いずれも結局国語の力ですね。
抽象的なことを口頭で説明されて理解できる、まだこの世に存在せず相手の頭のなかだけにある概念的なアイデアを語られて理解できる。

例えばシュレディンガーの猫や回帰分析の説明をされて日本語でも理解できない人は大勢います。これを外国語でされて理解できなければいけません。

逆に相手にこの世に存在しないものをなんとか伝えなければならない場面もあるでしょう。日本語でも説明が苦手な人はたくさんいます。

反射神経も必要です。

複数人での会話の席で何か言おうと思ったらもう話題が変わってたなんて経験はありませんか。会議中に異議や相手の誤解の訂正を差し挟むタイミングを逃していては困ってしまいます。

残念ながら、がっつり英語で働くのはまだ難しいでしょう。仕事のスピード感についていけません。
1言ったら10分かるというのが仕事のスピード感です。


今の会社の入社試験は、ネイティブからうちの会社のデータアルゴリズムのメソドロジーの説明を10分で受け、その知識を使ってダイレクターに営業電話をかける、という試験でした。
10分の説明中はいくらでも質問OKだったので、とにかく遮って訊きまくりました。ちんぷんかんぷんな世界のことを10分で理解し、咀嚼し、自分の言葉でアウトプットしなければならない。

そしてダイレクターへの営業電話の目標は売り込みです。営業やったことないです、まして法人営業なんて。

試験は無我夢中でほとんど記憶がありません。

当時うちの会社では日本語スピーカーを募集していて、永住権組の日本人中心に何人も同じ面接をしたそうですが、僕が断然一番よかったそうです。
その日のうちにダイレクターと面談になり、その席で即オファーをもらいました。通常うちは2-3回面接をするので異例でした。

イギリス永住権を持っているような人でも、うちの仕事で求められるレベルで英語を駆使できる人がいなかったということです。

だからビザサポートで余計にお金がかかる僕が採用になった。

これがIELTSでは測れない力。

英語は努力次第である程度身につくとはいえ、一朝一夕には上達しないんです。2年いたところでペラペラにはなりませんから、ならなくても落ち込む必要ないです。

大人になってから本気で語学身につけようと思ったらお金も時間も両方かけないとダメです。どっちかでもケチってはいけません。

でも語学は仕事で使えるようにならなくても、一生の趣味になりますけどね。



さて、もうひとつ仕事の英語に求められるのは人を説得する力。

仕事では、お客さんにモノを買ってもらうとか、やりたいプロジェクトを社内でプレゼンするとか、誰かを説得できなければならない場面が日々あります。

日本でもイギリスでもそれは同じで、違うのは何語でやるか。

同じ言葉を喋っているのに、説得力のある人とない人、感動する演説と中身が入ってこない演説、大きな差があります。

この差はことばの持つ力を使いこなす力量の差です。
具体的には言葉の選び方と議論の運び方。

ことばの選び方は語彙力に直結します。

仕事場面ではsayは使いません。shareを使います。
sayにはなんの感情もありませんが、shareには仲間、共有の意識があり、パートナー的関係を想起させます。

explainではなくtake you throughです。
相手には、手を携えて先導してくれるような安心感があります。

largeとbigの違いは大丈夫ですか。一方は事実を述べるだけで無機質、他方は情感が込められます。

ことばにはイメージの喚起力の非常に強いパワーワードと、無味乾燥なワードがありますが、このパワーワードを効果的に散りばめられること。

そして人の記憶や印象に残るフレーズを生み出せること。

歴代の英国首相や米国大統領はみな演説の天才です。
執務のほとんどを歴代の研究に費やしているとも言われています。

カリスマはことばの力ひとつで世論を力強く牽引していきます。もはやひとつのart。



さらにもうひとつとても大事なことは、同じ意味を表すのに、二度と同じ単語は使わないこと。こちらでは同義語で次々に言い換えていくのがある種のインテリジェンスとみられています。
同じ単語を繰り返していると、ああボキャ貧なんだな、あまりスマートではなさそうだな、という印象を与えてしまいます。

これが大事です、というのにimportant の一つ覚えでは話になりません。crucial, essential, critical, fatal, indispensable, significant など次々に言い換えて印象を強めていくのです。

単語には、言われて分かるけど自分では使わない受動語彙と、自分で使える能動語彙があって、この能動語彙をとにかく広げていくことです。

お友達と楽しく会話する分にはimportant さえ言えてあとは言われて理解できればいいですが、仕事で英語を使いたいならこの地道な作業は避けては通れないでしょう。



そしてさらなる高みを目指す場合は古典とユーモア。

古典はある種一般教養とみなされているので、知らないと恥ずかしい思いをし得ます。

とりわけギリシャ神話、聖書、シェークスピアは必読で、これらを下敷きにした表現やたとえ話がされることがあるので、元ネタを知らないと意味が分からないことが多々あります。

以前社内プレゼンで A boat for my kingdom!!!!!!!を挿んでみたら超大ウケでした。日本人の僕から出てきた面白さが手伝ったとは思うけれど。


ユーモアはイギリス人でももたない人はいるので必須ではないですが、英語うまくなったなと思ってもどこまでも上には上があるのがこの領域。

ついこないだ同僚宅でバーベキューした際、ある同僚が灰皿に向かって投げた吸殻が入らなかったとき、close but no cigarと呟いたら、Teach me humour!と言われて、ようやく少し分かってきたかなあと思った。




英語で話すのが好きかといえば、即答でNoです。

それは英会話は目的ではなく手段に過ぎないから。
海外で暮らすためには現地の言葉ができなくてはいけません。

言葉ができなくても日本人社会で暮らすことはかなうかもしれませんが、だったら日本に住めばいい。
現地社会で生きていくにはやはり言葉ができないと話しにならないです。同じ土俵にも立てない。

僕には原著が読みたい、の他にヨーロッパにいたい、というモチベーションがあります。これはヨーロッパに来てから生まれました。

歴史のない国にはあまり興味がなく、アメリカやカナダ、オーストラリア、ニュージーランドには全く興味がありません。


自分が暗い人間なので、歴史や伝統にしがみつくヨーロッパの後ろ向きな空気がとても好きです。

アメリカのようにみんなの違いは自由の大地に葬り去って、前向いて生きていこう!みたいなのは合っていない。

日本では働いたことないけれど、ヨーロッパでずっと働いていて頭のなかがこっちなので、風に乗って聞こえてくる日本の労働環境で勤める自信ないです。

それに僕の経歴が日本で評価されることはおそらくないので、こっちで生きていくほかないんです。



僕がイギリスに来たのは元々ヨーロッパで1番興味がない国だったからです。

行きたい人は当たらず、どうでもいい人に当たるのがYMSですね。

でもそれはYMSの理想的な在り方だと思っていて、どうしても行きたい人は留学なり転職なりで来ればいいんです。本気出せばいくらでも方法あります。むしろ僕のような興味ない人間がイギリスを知る契機になって、そしてさらにイギリスに納税までするようになった、ということに本制度の意義があります。

人的交流、文化交流は相互理解ひいては寛容の源泉です。
在英経験者は、親英派ないし知英派として、折に触れて、イギリスを発信し、代弁し、擁護してくれるでしょう。

初めから好きな人はほっといても来るでしょうし、どうせイギリスをよく思い続けてくれるんです。
だから如何に興味のない人を引き込み懐柔できるか、というところにYMSやワーホリの制度としての真の成否があります。

オリンピックやワールドカップ開催の最大の効用は、日本に全然興味のない人がこれをきっかけに大勢訪れること、というのと同じです。


現代の国際紛争のほぼすべて元をたどればイギリスがまいた種ですが、驚くほどイギリスは世界で嫌われていません。
これがイギリスの実にしたたかなところで、世界中にイギリスを悪く言えない雰囲気があるのはこういうPRのうまさにあります。

例えば、英国が誇る世界最高峰の教育機関に世界各国の王族や要人が若き日に留学していて世界的な親英のネットワークがあって誰も公然と批判しない、できない。
国際的に開かれた教育機関をもつことは、実は外交上・国防上の至上命題でもあったりするわけです。

若いときは潔癖で、こういうイギリスの狡猾さが、なんとなくずっと嫌でイギリスを避けていました。
正しくは今も嫌なんですが、自分も老獪になってきた今、感心しながら観察するようになりました。


このブログの嫌英なスタンスを訝しむ向きもあるでしょうけれど、イギリス愛にあふれた世界であえてひとり斜に構えているのはこういう背景があってのことでした。


そんなイギリス愛に欠けるひねくれ者がのうのうと住んでいるのをけしからんと思われますか。
人生意外とそんなもんです。

僕はスイスに住みたかったけれど、制度変更で事実上永住権が取れなくなりました。永住権10年カウントが5年目で0になった。

だからふて腐れてイギリスに来ました。
そのイギリスで、パスポート取ってスイスに移住する道を開きました。

十人十色のワーホリ、いろんなドラマがあるはず。
抽選ダメでも道はあるはず。

黙ってても何も起きない。
自分から扉をこじ開けに行かないと。

頑張る人、応援しています。

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週末ゆる旅 プラハ編

ついにゆる旅が東欧にやってきた!

プラハ、実に11年ぶり。
18歳、ひとり陸路アジアを横断し、旧東側全21カ国訪問後、シベリア鉄道で帰国した初海外以来。

民主化以降激動の変貌を遂げていた東欧諸国をできるだけ早く見ておきたくて、西側諸国には目もくれず、独立直後のコソヴォや、非承認国家の沿ドニエストル共和国も旅しました。

民主化20年弱の東欧、各地で大きく明暗が分かれていたのが印象的でした。

それから11年、東欧屈指の文化都市プラハは大いに発展していました。


プラハは中欧の宝石ともいうべき大変美しい街で、浮き立つような気持ちで街を歩いた当時を昨日のように覚えています。

文学では中学時代に一時カフカの不条理な世界観に心酔したこともあり、以来常に憧れの土地でもありました。

また音楽に溢れた街で、あちこちの小さな教会で、チェコが生んだ巨匠スメタナ、ドボルジャーク、ヤナーチェクらの国民楽派の作品が演奏されていて、大変な幸福感を感じたものです。

19世紀の国民主義的なものは大抵好きな僕は、これまた憧れのムハ(ミュシャ)の作品に対面したときの感動も忘れません。

そういうわけで18歳のひもじい旅人は大変な高揚感をもってプラハ入りし、満ち足りて街を後にしたのでした。

『存在の耐えられない軽さ』は後から読みました。


プラハはアイコンがたくさん。
有名は天文時計は修復されて、色鮮やかに蘇りました。


当時は東欧特有の冷たさが随所にありましたが、観光都市として見事脱皮したことを裏付けるように、今回は一切感じることがありませんでした。

非常にtouristicで、テーマパークのよう。
アジア人旅行者も大いに増え当時珍しかったアジア人への露骨な中傷行為もなくなったようです。

もぐらのクルテクもチェコ生まれです。
社会主義時代にもアマールカなど大変優れた教育アニメをたくさん生み出し、チェコの豊かな文化の水脈を窺い知れます。



かつてカトリックの牙城であったので大聖堂は壮麗。

街並みは瀟洒。でもどこかノスタルジック。

ユーロを使っておらず、まだまだ物価は安い。


ごはん

安くて美味しいので頑張って食べます笑

ビートルート、ゴートチーズ、ハニーローストのくるみのサラダ。ハチミツをまわしかけます。

これ大好物。チーズとハチミツはほんと合う。美味しかった!

ビーフステーキ

フォンダンショコラとラズベリーアイスクリーム



ポークナックルロースト
中欧名物、超特大、ワイルドな骨つき肉。



ホームメイドレモネード出すお店がたくさんある。

スモークの牛タン!!
初めて食べたけど、美味しいんですねー!

ラムロースト

ライムチーズケーキ


オレンジ屋根の夕景を眺めながら。

お通しのツナ炙り

King Prawn、アボカド、フェンネルのサラダ

美味しすぎたタコ


思い出

趣味です。

カレル橋もプラハの忘れちゃいけないアイコンでした。


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週末旅の美学を考える

4月に思いつきから始まった週末旅シリーズ、出張や会社のパーティを除いて皆勤賞で、早7回を数え8回目が進行中です。

やってみてよかったのが、平日のメリハリが効いて、生活が間延びしなくなったこと。

金曜日は仕事場から空港に直行して日曜の深夜に戻ってくるので、家事にあてられるのは月〜木の4日間。

月〜木で掃除、洗濯、買い物、料理を片付ける。

木曜には金曜の昼・夜と月曜お昼までのお弁当を用意し、旅行の荷造り。(日常は完全自炊なんです)

適度に忙しいほうがかえって時間を上手に使えるこの感じがとてもいい。


ものすごくアクティブな人ぶってるけれど、生来とてもlazyで、ほっとくとすぐ引きこもります。

でも、せっかく自由な時間と恵まれた環境があって、今ちょっと無理してでも外に出ないと、将来あのときなんで行かなかったんだろうって悔やむのがわかる。

疲れていても、えいっ!て思い切って飛んでしまえば、結局楽しいのもわかる。


やることがなければどこまでもだらけてしまって、後で後悔する。週末リフレッシュできずに重い気持ちで月曜が始まる。ってのを何度もやって。


そんなわがままな未来の自分が気持ちよく働いて遊べるように、今から週末に旅行を仕込む。


で、旅行中心がけてるのは、我慢しないこと。
食べたいもの、欲しいものを我慢しない。


この歳になると(注 29歳)食べものでハズレたくない!

特に観光地はフラッと入るとまずハズレる。
もうハズレばっかり。(イタリアなんかひどい)

7年いて痛い目にもあって、自分なりに嗅覚を身につけて。

上限は1食£50。これ以上払ってもクオリティの劇的な向上はない、というのが7年の所感。

レストランは£50で最高の味で勝負できて、それ以上はブランドとかステータスみたいな食べられないものの料金かなと。

背伸びしすぎないちょうどのライン。


モノ。
今までずっと旅暮らしだったのでモノは増やさないように心がけていたけれど、買っておけばよかったって今でも夢に見るものがたくさん。


定住した今、もう2度と行けないかもしれないから、そのとき心が動いたら持ち帰ると決めました。

その土地で琴線に触れたおみやげは真空パックで持ち帰れる旅の幸福感そのもの。

思い入れのあるモノは生活に彩りをもたらし、日々の暮らしでふと目に入るだけで、自然と笑顔にさせてくれる。ネイルみたいな。


前の生活では家は寝に帰る場所だったけど、今はもうすこし多くの時間を過ごす場所になったので、好きなモノたちが待ってる「帰りたい」空間にしたい。


飛行機は£50-100。
以前は旅行単位が数ヶ月だったので、週末だけのために飛行機乗るって考えられなかった。

でも、長い旅行はそれ自体に飽きて新鮮さがなくなって意欲的に歩かなくなってしまうから、毎回新鮮な気持ちでその場所と向き合えるこのスタイルはとてもいい。
陸の移動と違って飛行機にはリセットの効果がある。


週末は飛行機も宿も高くなるけれど、
大人はお金で解決。これ大事。



そういう後悔や失敗、反省と学びのうえにこのゆる旅シリーズは生まれました。

今年は「巡礼の年」と心に決めているので今年いっぱいは続けます。ヨーロッパ中の「好き」に出会いに。

他にもやりたいことがあるので来年はまた考えよう。



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夏休み ローヌアルプ

昨年も同じ時期に6日間でフランスとスイスの山を歩きました。

夏冬各2回の定例アルプス旅です。
7月の6日間のテーマは短期集中の本気山歩。

昨年は5日半で21万歩、今年は減って17万歩でした。



さて、昨年はジュネーヴinでChamonix、Vallis、Berner Oberlandを歩きました。

今年もジュネーヴinですが、天気を見て急きょフランスへ。

まずはSavoieのEcrins。

谷のどん詰まりの村からスタート。

Ecrinsは晴天日が年間300日を越える稀有な山です。

天国のような美しい谷。

堂々たる南壁。

ここで夜を明かします。

3,100m

もう1人の山の神さま。

シャモアもなかなか近づけません。

左の谷へ。

明るい谷です。



今日の小屋。2,600m

氷河の絶景をさかなにくつろぎます。

静謐な山の夕方。


Ecrins東部へ。

この谷を上がってきました。

風もない穏やかな陽気。

氷河

左に見える小屋へ。

2,700m

イタリアが近いのでイタリアンです。


続いてVanoiseへ。

Val d'Isereでまともな食事。

小屋生活は野菜不足!

タルタルー!

フォンダンショコラ


朝食はパン屋さんでバゲットサンド。
フランスのバゲットは本当においしい。


Tignesでスキー。

氷河なので1年中滑れます。
夏でも日本のスキー場より大きい。

緑を眺めながら、半袖で滑る人も。

夏でもここはイギリス人多い、、


午前中楽しんだら、静かな山に戻ります。

神様の筆さばき。

まるで賽の河原。本当に天国が近い。

今日の小屋。2,500m

小屋の周りはマーモット天国。

ワシ?

ヨガおじさん?
小屋から谷を見下ろします。

谷を下ります。

Vanoiseはたおやかなアルプスです。

途中から峠越えに入ります。

アルペンローゼもきれい。

せせらぎに励まされて歩きます。

峠は広く風が渡ってゆきます。

峠はマーモット天国。

ここまで無防備なのも珍しいですよ。

警戒してるんだかしてないんだか。
愛らしいです。

池を渡る石の橋。

氷河が輝いています。

目的地Pralognanの街。

シメはスペアリブでした。


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全力で運命に逆らえ!ローヌアルプ珍道中

ダブリンの前に6日間アルプスに行ってました。

ところで7月の占いで、
「予定が狂う。電車が遅れたり渋滞に巻き込まれたりして予定時間に間に合わないとか、計画をドタキャンされたり、想定外のことが起こって行きたいところに行けないなど、なにをしてもうまくいかない」
と出ていました。

当たりましたねー

でも行けないはずの運命に全力で抗いますよ。
運命を相手取った死闘の一部始終をご笑覧ください。



フライトはジュネーヴでその先は未定。
天気を見てフランスのサヴォワ、イゼールを狙います。

アオスタから戻って3日働いた水曜晩Gatwick発のeasyjet のフライトでした。

ところがGatwickの滑走路が閉鎖でフライトがキャンセル。運命の初手「ドタキャン」発動です。

占いのやつってこれかー!

滑走路閉鎖の場合は全フライトがキャンセルになるので空港は大混乱です。
Gatwickはeasyjetの本拠地なので同社の膨大な乗客はスタッフの支援をまともに受けられずに右往左往。

幸い同じ経験があったので直ちにアプリからフライトをずらし、諸経費の補償請求をあげます。同じフライトの乗客がみな振り替えするのでもたもたしていると乗りたい便が埋まります。

首尾よく翌日の同じフライトにずらし、帰りの便も丸一日遅らせました。

そして会社に事後報告し、6日間のホリデーを丸ごと1日遅らせてもらい翌日は普通に出社。

幸先悪くて、占いの「行きたいところに行けない」を思い出していやーな予感が一日中胸につかえます。



その日のフライトは果たして飛びましたが、大きく遅延。運命の二手目「遅延」発動です。
空港発の最終バスでGrenobleに出るはずが10分差で乗れませんでした。

このバスに乗れないと山まで行ける1日1本限りの接続に乗れず丸一日が無駄に。。
途方に暮れます。

しかしこの僕がこんなことでめげません。
運命に抗うこちらの切り札は「ヒッチハイク」。

しかしジュネーヴのような大都市からのヒッチハイクは至難の業。
高速道路の分岐点に行くだけで1日がかりです。

そこで一か八かヒッチハイクアプリのBlaBlaCarを起動!
交通の悪いフランスの田舎ではかなり盛んに使われています。


なんと早朝5:50にジュネーヴから国境を越えたフランス側からGrenoble方面の車が!!
時刻は午前1時を回っていますがドライバーにコンタクトし席を確保。

さらにそこから目的地の山奥まで接続できる車が!!
とんでもない僻地なので、かなり奇跡的です。

どれくらい僻地かというと冬は道が閉鎖されたどり着けない集落で、地元の人から「ここは秘密の場所。どうやってこの場所が存在することを知った?」と聞かれるくらいのリアル秘境。

山屋以外行かないんですが、その山屋がいたんですね。平日の早朝に。

午前1時眠い目をこすりながら、2人のドライバーとやりとりし、Grenoble北のVoreppeの高速道路のスタンドで乗り継ぐことで確定。

勝った。


と思ったのも束の間次なる問題が。

なんと車の出発地点まで始発でもたどり着けない。
ドライバーからは絶対遅れないでくれと何度も念を押されているのに。

運命は手を緩めないようです。

こちらもあらゆる知恵を絞ります。

ローカル交通機関を調べまくった結果、4:30始発のトラムとバスを乗り継いで、1番国境近くを通るところで降り、徒歩(競歩)で国境を越えることで、ぎりぎり間に合いそうだと分かります。

3時間ジュネーヴ駅で寝て出発。
麦畑のなかの未舗装の道を密航者の気分で越境。寝不足で重たい道具を担ぎ早足で歩く辛さよ。



間に合った。
そして無事に山に辿り着きました。

第2ラウンド、ぼろぼろになりながら辛勝です。

ちなみに1台目は夏休みに入った娘を迎えにToulouseまで7時間かけて迎えに行くというツワモノのお父さんでした。途中さらに2人拾って、僕は2.5時間で下車。

2台目は山に仲間とキャンプしに行くというおばあちゃんでした。なぜか会話はドイツ語でした笑



第3ラウンドはここでの山行が終わって、雲を逃れて東へ向かうところで起こります。

下山し1日朝夕1本ずつのバスをなんとか捕まえたところまではよかった。

1時間バスに乗って山を下った終点で乗り換え。大変親切なドライバーが接続を調べてくれて、最終バスが通ることが判明し狂喜します。

ところが待てど暮らせどバスは来ません。
よく調べるとこのバスは完全予約制でどうやら走っていないかこの街をスルーした模様。

日は暮れかけているし、翌日のバスの予約は今日の昼前までで時すでに遅し。
乗客があって運良く走ったとしても、最初のバスが昼で結局1日丸つぶれの流れ。

かなり絶望的な気持ちになります。

しかしせっかくのホリデーですからゆずれません。

くたくたの体を奮い立たせ郊外の分岐点までトボトボと向かいヒッチハイクを敢行します。


すぐに1台目がつかまり数キロ先のさらなる分岐点まで乗せてもらいます。

そして運命の2台目。2時間先の目的地Briançonまで乗せてくれる車がすぐつかまります!

夏休みに入った娘たちをブルゴーニュの両親に届けにいった帰りの、Queyras国立公園の職員さんでした。

話していると僕の最終目的地の山間の街の少し先に住んでいることがわかり、結局Briançonを通り越して、そこまで乗せてもらいます。


おかげで翌朝7時のバスで一気に山入りに成功です。
ヒッチせずにバスを乗り継いだ場合に比べ半日以上早く山に入れました。

第3ラウンドは逆転大勝利。


しかし闘いはまだ終わりません。

その後山を降りてさらに東に移動を計画していました。
ところがフライトがずれたせいで電車やバスの時刻表も曜日がずれてしまい、目的地まで接続しないことが判明。

またもや丸一日つぶれる危機が訪れます。



この話を山小屋でしていたら、同じ食事のテーブルの人が明日車で帰宅するのに通るから乗せて行ってあげる、とのオファーが!

拾う神もあり、です。


翌日一緒に下山しChamberyまで乗せてもらい、そこから電車でVanoise方面へ。

ここで新たな問題が。
もともとMoutiersまで電車で行ってそこからバスでPralognanに向かうつもりが、曜日がずれたせいでまたもやバスがないことが判明。

Moutiersの駅でひとり途方に暮れます。


しかしここで逆転の発想。
もともとの、ここトロワバレーからエスパスキリー方面へ山行する予定を逆行できないものか。

時刻表を見ると次のBourg St. Maurice行きの電車が最終のエスパスキリー方面のバスに接続します。
このバスも完全予約制ですが今日は走ることを確認。

電車が遅れないことを祈ります(よく遅れる)。

そして無事その日中にVal d'Isere入りに成功したのでした。

こうして第4ラウンドも勝ち抜けです。


よく考えると、エスパスキリーのTignesでは夏もスキーができます。夏は朝だけリフトが営業します。

ひょんなことから朝にここにいることになってしまったのは、スキーしろと言われているようなもの。

晩に早速オンラインでスキーレンタルを予約。
翌日朝一のバスでTignesに向かうことにします。

ここでも一波乱あって、
来るはずのローカルバスがまた来ないんですね。

またかって感じです。
結局30分後にたまたま通りがかった長距離バスに運良く乗せてもらいます。

夏スキーは午前中だけなんで急いでます。

レンタルショップに行くと今度は開いてない!
ウェブでは8:30開店とあるのに今日は10時という張り紙。デポジット払ってるのに。

10時まで待てるはずもなく、やむなく他のレンタルショップへ。
ここでは今度はマウンテンバイクのレンタル「渋滞」に巻き込まれスキーの対応してもらえない。

一刻を争うので別のショップに移ってなんとか借りられました。

デポジットを払ったショップにはクレームメールを出しておいたらきちんとリファンドしてくれました。

スキーをめぐる一連の小競り合いにもなんとか勝ち星。




最終日下山後空港に直行する接続の最初のバスがまたもや完全予約制で走らず。
次のバスはきちんと予約して走ったのですが、このあと電車3本乗り継ぎで、空港にはゲートクローズの40分前に滑り込むという危ない接続。
一本でも遅れるとまずいので、とにかく遅れないことをひたすら祈りました。

2本目の電車が案の定遅れてはらはらしましたが、最後の電車に走り込みセーフで、運命の執拗な追跡を振り払い無事に帰国しましたとさ。

で、木金働いてダブリンでした。


最後まで「間に合わせまい」「思い通りにさせまい」という強大で執拗な妨害の力を感じながらも、それに負けないホリデーにかける熱い想いと執念、親切な人の助けで閉ざされた道を切り拓き続けた変な旅でした笑


まとめると、
何をやってもうまくいかないときってあるけれど、諦めないってほんと大事、ってはなし。

意思あるところに道は開ける
神は自らを助くる者を助く

結局ものすごく楽しかったし、今となっては全部笑い話のいい思い出。


いい夏休みだった!




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